『田園の詩』NO.81 「筆の命名」 (1998.4.21)


 筆に名前(筆名)を付ける時、特に決まった法則などはないのですが、その筆の持つ
イメージに気を配りながら、各筆屋さんはそれなりに苦心をしているようです。

 一般的には、山や花の名前、古都の地名などがよく使われます。また、昔の歌人の
名前を拝借したものもあれば、自分の雅号をそのまま筆名にしてほしいと書家さんに
注文されることもあります。

 私の場合、新しく筆を作る時、まず最初に全体の寸法と使用する原毛の配合を決める
のですが、筆名もその時に決めるように心がけています。

 田舎にUターンしたら、京都に居る時は要望がなかった学童用の筆の注文が沢山舞い
込むようになりました。

 書道を習い始めたばかりの子供達には硬い毛の短鋒筆(軸が太くて毛の短い筆)が
いいだろう。筆名は学校の窓から南方に見える山≪由布≫にしよう…。このようにして、
値段の一番安い学童用の筆が誕生しました。

 次に、これは必然の成り行きですが、もう少し上質の筆がほしいという注文がくるように
なりました。これには≪春山≫と名付けました。山シリーズにしたいと考えていた時、ふと
思いついた筆名で、実際にある山ではありません。こんな適当な?こともたまにあります。

 私が気持を入れ込んで名付けた筆に≪行雲≫というのがあります。超長鋒筆で軸も長く
しました。襖くらいの広い紙にスーッスーッと線を引くように書けて、あたかも雲が流れて
行くように自由自在に動く筆であってほしいと、大胆な思い入れで作ったのです。


      
     三角刀を使い、軸を回転させながら彫ります。 筆業界には、文字彫りだけの
     職人さんがいます。一文字5〜10円位で、一日に数百本彫ります。根気のいる
     仕事なので、彫る人がめっきり少なくなりました。
     普通、筆を作る職人は文字まで彫らないのですが、私は、ヘタながら自分でしています。


      筆については、≪筆カタログ≫(←クリック)から、それぞれのページをごらんください


 幸い、この筆は、私の意図に即した使われ方で好評を得てきました。

 ところが、最近、工房を訪れた絵手紙の先生にこの≪行雲≫が殊のほか気に入られ
たのです。先生は長い軸の一番上を持ち、真っすぐ筆を立てて、狭いハガキに毛先で
ユックリユックリと線を引いて、絵や文字を書きます。

 それは私の思いもよらぬ使われ方でした。可能性を広げた≪行雲≫に、「お前もよく
頑張るなあ」と心の中で褒めてやりました。     (住職・筆工)

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